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「DKNY」の全ラインを展開するショップをオープン

99年春にニューヨークのマディソン街に「DKNY」の全ラインを展開するショップをオープンしている。日本でも99年8月、東京臨海副都心の「ヴィーナスクォート」に「DKNY」の全ラインを揃える初の直営店をオープンした。DKNYの芸風は、アメリカのパワースーツをベースにトレンドとセクシーさをプラス。等身大の服作りをしながらも、ボッブなテイストを忘れないのがダナギャランの真骨頂。ファーストラインのダナキヤランのほかに、カジュアルラインのDKNY、DKNYジーンズなど、エグゼクティブからカジュアルまで着られるようにフルライン展開を始めたデザイナーのはしりでもある。当時巧歳たった娘のガブリエルにふさわしい服。なお、日本には80年代にカルバンークラインなどと一緒に上陸。90年頃、パワースーツの代表格として人気を得る。しかし、もともとバリバリのキャリアウーマンなどほとんどいない日本では、ファーストラインよりもカジュアルラインのDKNYのほうが浸透している。

いまやギャップも赤字転落の危機に

いまやギャップも赤字転落の危機にある。表向きには高度成長した前年の反動というが、その原因は急速な店舗網の拡大と商品政策の失敗にある。ギャップが再び成長軌道に乗るには、分離独立による企業の分割か、新たな成長分野の確立以外にないとまでいわれる。同社の業績を過去一〇年間、ふり返ってみると、年々拡大してきたことがわかる。もともと世代間のギャップが店名の由来とされる。同社の創業者であるフィッシャー家のドナルドーフィッシャーとその妻が大株主である。スタート当初はりしバイスのジーンズを売る店であったが、急速拡大しプライベートブランドの開発に成功、設立六年で株式公開し、アメリカ小売店の急成長ビジネスモデルの典型とされる。この点で日本のユニクロに似ている。ギャップが日本へ進出しだのは一九九五年七月、数寄屋橋阪急の地下に一号店を出店。期待通りニケタ増の売上を示した。そして玉川高島屋SCへの出店、近年は若者の街渋谷、表参道への大型店出店だ。ギャップの日本での特徴は、豊富なサイズ展開と短期サイクル(四〜六週間)で商品を替えることだ。しかも品質と価格さらに顧客サービスは一流だ。同社の生産は素材がイタリア、縫製が中国をはじめベトナムなどで世界各地に広がっている。古い流通構造にしばられてきた日本の業界からすると驚異といわざるをえない。とりわけ日本の馴れ合い商慣習では、アメリカ式の商法に打ち勝てない。

カジュアルなスタイルについて

カジュアルなスタイルについて、ある人は「欲望という名の電車」(1951)の、マーロン・ブランドのむきむきのTシャツとスタジアムジャンパー、またある人は「理由なき反抗」(1955)のジェームズ・ディーンのブルゾンとジーンズ、さらに「華麗なる賭け」(1968)のスティーブーマックィーンのグライダーやポロのスタイルを思い起こすかもしれない。たまたま、思いついたまま3人のハリウッドのスターを列挙したが、実は、この3人が(大戦後の)カジュアルスタイルがよく似合うビッグスリーだと、私は思っている。この3人の共通項は、クラシック(フォーマル)なスーツスタイルが似合わないことと、ともにアメリカ人であるということだ。「スーツスタイルが似合わない」と「アメリカ」は、カジュアルを考えるにあたり大切なキーワードである。なぜならカジュアルは、クラシックなスーツスタイルとは対極に位置し、それを熟成させたのはアメリカだからだ。ここで、カジュアルウェアについてのひとつの定義づけができる。カジュアルなスタイルは、クラシックなスーツスタイルの対極に位置し、アメリカ抜きでは考えられない。